イラン革命で殺されるはずだった命だ。幸か不幸か、ながらえてアフガニスタンでこうやって暮らしている。だが、それは余生だ。人生の本領はイラン政治秘密警察サヴァックの上級幹部としての想いでのほかにはない。せめて死ぬときはアフガニスタンに流れついた薄汚いムッラーではなくプロフェッショナルな破壊工作員として死にたい。そう考えると、ユセフ・ダルヴィッジの顔に歪んだ笑いがじわじわと滲みでてきた。「何がおかしい?」「おまえらにはわかるまい、愚昧な民衆どものくだらぬ夢を一瞬のうちに葬り去る快感が! 大地を這いずりまわるしか能のない愚か者の群を瞬時にして蹴散らす快感が!」
『血と夢』
「おれが無能だと?」アラブ人がたん肚にすえかねるように吠え声をあげた。「ふざけるんじゃない! おれの破壊工作は芸術的だと評されたものだ! 何人の人間を事故や病気に見せかけて密殺したかわからないし、やつらの恐怖感を掻き立てるために特殊な殺し方も何度も試みた。しかも、一度だって非戦闘員を殺したことはないんだ。つまり、厳密に破壊工作の対象を選び、選んだら最後、確実に密殺したんだ。だれが見たっておれは一流だった。そのおれがエリート・コースから降ろされたのは政治保安局のなかの派閥闘争に巻き込まれたからだ。それだけの話だ! そして、やつらは降格の理由としてこのおれに無能という烙印を押しつけた。たった一人の日本人を殺せなかったというそれだけのことで! 山猫という暗号名を持つ日系人を殺せなかったというたったそれだけのことで!」
『山猫の夏』
「私は金銭のために破壊活動を行う」イギリス人の声がようやく落ちついてきた。「だが、どんなことでもするというわけではない。それにはそれなりに誇りというものがある。毒虫のようなタイプとはどんなことがあっても一緒に仕事をするわけにはいかんのだ」
『神話の果て』
「インカ帝国の破壊社ピサロがメキシコのアステカ王国を破壊したエルナン・コステルに会ったときのことを知っているか? 1528年のことだ。アステカの財宝を奪いつくし、一時はメキシコ副王まで登りつめたコルテスもそのときは失脚して惨憺たる状態にあったが、ピサロがインカ帝国の破壊に向かうと聞いてこう助言したのだ。王を殺せば土民の抵抗は押さえられる、だがもし王を生かしておけばやつらは最後のひとりになっても戦うだろう、とな。破壊活動の要諦はまさにそこだ。指導者を抹殺する。それが原則だ。政治的な扼殺と違って破壊活動はその一点に集中しなければならない」
『神話の果て』
胸をはだけてみると、そこにも黒い皮膜がべっとりと塗りつけられていた。それはどうやら血液らしかった。さらに衣服を引き開けてみると、腹のまわりも黒い皮膜に覆われていた。何の血液かはわからないが、ポル・ソンファンは全身にそれを塗布しているらしい。何のためにこんなことを? その疑問はすぐに解けた。それは寒気に耐えるために塗られている! 体温の発散を抑えようとしたのだ! そのことに気づいて志度正平はほんの一瞬、全身を強ばらせた。何という存在だ!
『神話の果て』
「人間の精神というやつは緊張の中でしか鍛えあげられることはない。憶いだせ、わたしと一緒に数々のミッションをこなしていたころを。生と死。その間に横たわる緊張こそが人間を活き活きとさせるんだ。壁を壊すことに熱中していたわたしたちだけじゃない、だれもが世界はどうあるべきかを考えざるをえなかった。それこそが人間のあるべき姿なんだ、おまえもそう思うだろう?」
『かくも短き眠り』
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