Funado Yoichi
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ヒーロー

全ての英雄伝説は無庇である。黄泉の国に旅立った主人公の一挙一動はすべて増幅され、新陳代謝され、ついには現実の泥沼で喘いでいるものにとって慄然と輝くロマンとしてはるか彼方で発光しはじめるのだ。希望。苦悩。冒険談。これらは単なる事実性よりも、民衆の痛切な必要性によって取捨選択せられる。役に立つ逸話はフレーム・アップし、無用のものは切り棄てられて英雄の物語はひとつの方向性−−革命願望へと発展していく。それが残された者、死ねなかった民衆の義務とでも言うがごとく。かくて、英雄伝説はリアリズムの挟撃にはびくともしない高みに達し、人々の心に不撓不屈の精神の記念碑として強固に刻みこまれるのだ。これが英雄伝説の仕組みであり、主人公が重箱の隅をつつきたがる学究たちのアラ探しにも微動だにせず泰然自若としていられる理由である。ましてや、アニミズムの世界におけるヒーローの物語は完璧であり非の打ちどころがない。森や木立や泉、川のせせらぎが、これに応援するからだ。悲壮な最期を遂げた勇者は大地に抱かれて眠り、その魂は偉大なる精霊と合体し天空を駆けめぐる。死者が遺した想い、生きているうちにはついに果たせなかった志に、風は震え花は涙を注ぎ石はじっとり汗をかく。ここにちゃちな実証主義がつけいる隙はない

叛アメリカ史


こうして、サパタの十代後半から二十代前半がすぎていく。名誉と金と恋。一般のメスティーソには無縁のものにかこまれて、サパタはその青春を過ごすのである。だが、二十代後半にはいると、サパタは周辺に名状しがたい憂愁がただよいはじめる。彼は仲のいい兄のエウフェミオに、ふとこう漏らすのだ。「おれはもう人生に飽きたよ」この言葉の直後に、サパタはみずからすすんで土地問題に首をつっこみ、政治の世界に触り、ディアス体制との対決姿勢を強めていく。サパタの一瞬の倦怠はいったい何だったのだろうか? とにかく、以後、彼の個人的な欲望と言えば、ゲリラ戦の最中での一杯のメスカル酒、一服の葉巻−−それだけになる。

叛アメリカ史


「いいですか、あの男は司令官になるくらいだから頭もいい。状況もちゃんと見渡せる。それなのに、近代的な発想からは出発しない。つまり、現在に生きているわれわれはだれもが意識しようがすまいが状況のなかにみずからを位置づける、全体のなかに個を設定する、そういう呪縛とでもいうべき近代の発想からよくもわるくも逃れることができない。しかし、あのミジャル・グルバザはちがう。まず、揺るぎない個がある。あの男は近代人がとっくのむかしに忘れ去った英雄叙事詩の世界にいまも住んでいるんだ…」

血と夢


「せっかくつくってくれた墓石だけど、取り壊してもいいだろうか?」「それはちっともかまわないけど何をするつもりなんだい?」「この苗木をここに植える。これはクロンがといって勇者の墓に植えられる木だ。山猫の死を聞いたときは何としてでもこの木を植えたくて持ってきた」「しかし、ここは東北部だよ。早魃地帯なんだぜ。アマゾン流域とちがってすぐに枯れてしまうと思うが」「それだけもいい。いや、枯れはしない。きっと枯れることはない。地下には真の勇者の骨が埋まっているんだ、かならずその養分を吸って力強く伸びる」おれは笑いながらゆっくりと頷いた。

山猫の夏


「個人的なつきあいはあったのかい?」「だれと?」「ウォーレン・ムバンゴと?」「テレビで演説するのえお見ただけよ」「それだけかい?」「ええ」「それだけで暗殺者の告発を?」「さっきまではそのつもりだったわ」「確かにウォーレン・ムバンゴはだれにでもそういう気にさせる魅力溢れた人物だった。度量が広いだけじゃない。他人の小さな悩みにもすぐ気づき、こころの傷を柔らげてくれる天才だった」

黄色い蜃気楼



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