『非合法員』(講談社1979、徳間書店1984、講談社1996)
船戸の冒険小説デビュー作。それでかどうか知らないですけど、この作品を「上手くできているが未だ荒削りな部分が云々」と評する向きもあるようですが、私はそうは思いません。主人公神代恒彦は非合法員/イリーガルと呼ばれるCIA正規職員と異なり情報組織にミッション毎に雇われて破壊工作に携わる特殊な技術者で、冒頭よりメキシコ保安局の依頼でユカタン半島に潜む反体制派指導者の抹殺に赴くのですが、こっからもうグイグイと船戸ワールドに引き込んでくれます。お馴染みの渋い政治背景に魅力溢れるキャラクターの数々。完璧ですわ。船戸作品には幾つか繰り返し使われる基本プロットみたいのがあって、よく言われるのものに『夜のオデッセイア』『炎流れる彼方』『蟹喰い猿フーガ』等の政治色の比較的薄い船戸が楽しんで書いている作品系」と、『砂・クロ』等のよりハードな政治背景に重点が置かれた作品系という分け方がありますが(作品ごとにどれがどれとブッた切るのはちょい無理がありますけど)、『非合法員』はドキュメンタリー作品である『叛アメリカ史』との繋がりが明白ですんで後者のタイプに分類されましょうか。最近の船戸作品に較べると違った味わいがあって、『砂・クロ』や『猛き箱船』あたりからファンになった人にはけっこう新鮮に感ぜられるかも知れません。ロードムービー的作品系に入るという面もありますが、やっぱり『夜のオデッセイア』とは対をなす作品として見るべきでしょう。
「あんたの子が生みたかったよ、あんたの子が生みたかったよ! あんたの怒りの種子をこの腹の中で育て、アメリカのこの大地に産み落としたかったよ!」
『祖国よ友よ』(双葉社1980、角川書店1986、徳間書店1992)
『祖国よ友よ』『爆弾の街』『どしゃぶり航路』『北溟の宿』の4短編を所収。中でも「中部ドイツを舞台とし、世界革命をめざして一時はかなり高揚を見せながらも押さえ込まれつつあった欧州過激派の動き」を背景とした『北溟の宿』が秀逸。
「ドイツ国境警備隊に通報してここを包囲させたのが誰か、そいつがわかっていた。三年まえに公安警察に自分を売ったのが誰なのか、そいつもわかりはじめた。相次ぐ不毛な党派闘争に嫌気がさして日本を飛び出しヨーロッパ戦線に参加したこのおれを待っていたのが結局のところ何だったのか、それもはっきりとわかってきた。わからないのは、今喫っている煙草の味だけだった」
『群狼の島』(双葉社1981、角川書店1985、徳間書店1992)
「....海賊たちが国家から脱落、離反、敵対しはじめるのは17世紀の末のことだった。制海権獲得戦争でスペイン、オランダを追い落としたイギリス、フランスが役割を終えた海賊たちを切り捨て、<<法>>の名において始末しはじめたんだよ。そこで海賊たちは利用するだけ利用しやがって! と怒りはじめた。あとは一気呵成だよ。奴隷貿易の実体、人種主義の欺瞞、法規範の詐術、こういうものが海賊たちの目にすべてはっきりしはじめたんだよ。<<リベルタリア海賊共和国>>はそういうものにたいする憤りから出発し、瞞着なき社会の建設という目標に向かって建設されたというわけだ。しかも、そいつは理念だけじゃなかった。実際にその連中は奴隷運搬船を襲って、黒人奴隷を解放したり、私掠品の完全均等分配を行ったり、その後のフランス革命なんかよりはるかに先行したことをしはじめたんだよ....」
『山猫』の弓削一徳/ランピオン、『蛮族ども』や『黄色い蜃気楼』などの復讐劇の原型的要素が見られるますが、物語の筋自体は全く別物。海賊と手を組んで、マダカスカル島北部にあるソ連軍基地の爆破を企てる話。船戸作品には砂漠や山岳地帯でのゲリラ戦を舞台にしたものが多いですが、こちらは多分唯一の海戦ものです。雰囲気も何か南洋でgood。;-)
『夜のオデッセイア』(徳間書店1981、1985、講談社19??)
ボクシング、うだつの上がらない30前後の日本人、プア・ホワイトとアメリカ少数民族のお供を連れ北米大陸をポンコツアメ車駆っての大横断奇行。『夜のオデッセイア』『炎流れる彼方』『蟹喰い猿フーガ』の三作に共通するものはだいたいそんなところでしょうか。どれも壮快感溢れるカラっと陽気な作品に仕上がっています。政治色の薄い活劇の系譜だとしばしされますが、話の本筋に直接関わってこないというだけで皆無というんではありません。政治は『炎流れる彼方』では結構前面に…というか後半じゃほぼメインになっていますね。『蟹喰い猿フーガ』のは逆に取って付けたようで脇を添える役さえも果たしえていません。この点『夜のオデッセイア』が一番バランスが取れていると言えましょう。また、陽性である、軽い、ソフトであるといっても他の船戸作品と比較してそうであるというだけで、いきなり中学生の男の子が夏休みの読書感想文用に『夜のオデッセイア』読んだらそりゃヘビーです。何だかんだいって最後までにはきっちりあなたの気に入ったキャラをぶち殺してくれるんですから(笑)。この陽性が楽しめるにはそれ相当の船戸ロマンへの精通なり他の読書/人生経験が要りましょう。まぁとにかく、未だ読んでない人は一度読んでみて下さい。読んだことあるけどそれほど感慨を受けなかったという人はもう一度じっくりと読み返しましょう。絶対良いですから。
「おたがい」志垣直美はウェイトレスがテーブルを離れると照れくさそうに呟いた「アメリカにきて身についたものは結局、英語だけみたいね」「もうひとつある」「何よ」「胡散臭ささ」
『蛮族ども』(角川書店1982、1987、徳間書店1993)
「全資産を金塊に替えて、不法に国外持ち出しを計る白人と傭兵。狙う黒人武装組織と公安調査部。’80年の南アフリカ・ジンバブエは、金塊輸送列車をめぐる血腥い熱風にあえぎ、その渦の中心に二人の日本人がいた。傭兵となった佐伯、その佐伯を父の敵として黒人ゲリラに参画する恵津、宿命の対決であった。三勢力の危うい拮抗劇は、傭兵隊長の暗殺によって、一挙に幕は切って落とされた」 復讐劇、ワイルドギース的傭兵部隊。
飛び散った紙幣を拾い集めることはできなかったが、最後の最後まで傭兵としてやるべきことをやったと評価されたあの<<キサンガニ事件>>のいくつかの光景がそこにくっきりと浮かんでいだ−−アフリカを舞台に全精神と全肉体を集中させて暴れまわる。白い世界からの賞賛と喝采。これこそがわたしの夢なのだ! この夢のためならなにごとも嫌いはしない。
『血と夢』(双葉社1982、徳間書店1988、講談社1997)
「1989年、ドイツの寒村に男の死体が漂着したが、その死体から発見された遺書は西側情報関係者を驚愕させた。ソ連が薬莢不要の高性能自動小銃の開発に成功し、その威力を実践で試すべく、アフガニスタンの奥地でイスラム・ゲリラと交戦中だという。米国防情報局は、発明者ワリシー・ボルコフを銃ごと拉致すべく、非合法工作員として元自衛隊陸幕一尉の壱岐一平をアフガンに送り込んだが」たびたび船戸作品に登場する非合法活動に従事する自衛官上がりのキャラクターはこれが初登場。
腹の底から湧きあがってくるこの躍動感はいったい何だろう? 血が踊る。血が騒ぐ。ああ、おれは軍人なのだ。根っからの軍人なのだ! 戦場に生き、戦場に死ぬ。それに引きかえ、諜報活動の何と惨めなことよ! 日本人よ、近代よ、おまえは歴史の狡猾さだけをこのおれに押しつけた!
『山猫の夏』(講談社1984、1987、1995[新装版])
「ブラジル東北部の町エクルウは、アントラーデ家とビーステルフェルト家に支配されている。両家はことごとに対立反目し、殺し合いが絶えない。そんな怨念の町に 山猫/オセロットこと弓削一徳がふらりと現れた。山猫の動く所、たちまち血しぶきがあがる。謎の山猫の恐るべき正体はいつ明かされる? 南米三部作第一弾」
『銃撃の宴』(徳間書店1984)
「俺の名は床波譲二。三十八歳。殺し屋だ。金のために殺しを請け負い、FBIから最重要指名手配を受けている。ところで今日、俺は偶然〝奴〟の消息を知った。十一年ぶりだ。1971年、ニューヨーク。ブラック・パンサーが分裂するなかで、新たな権力闘争を模索した俺達は、監獄襲撃を企てたが、情報が漏れて組織は破滅した。その時の犬が奴で、俺は奴とぐるだとみなされてきた。やっと無実を証明する時がきたのだ」
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